コラム

映画『カッコーの巣の上で』にて

 先月9/29(火)に投稿した「社会的に容認された狂気、社会的に否認された正気」で、わたしは、次のような文章を書いている。

「R.D.レインは『体験の政治学』で、「狂気とは、義憤にかられた人間性(outraged humanity)の情熱的な叫びである」と記したが、逆に、ネガティブな文脈に、人間性や、いわば「ホンネ」を封印してしまった。

 これは、「精神科医とも目されていたレインの、当時のイギリスの雰囲気なのかも知れない」

 このときは忘れていたが、表題の『カッコーの巣の上で』のことではなかったのだが、期せずして、同様なことを記している。

 映画はいまやアプリで観れるし、詳細やあらすじもネット上で公開されている『カッコーの巣の上で』は、近年スピンオフ映画まで公開されている精神科病院の婦長ラチェッドの過管理と、それに対して反発する、刑務所から脱走して身を隠すために精神科病院に紛れ込んだ、ジャック・ニコルソン演じる主人公マクマーフィーを主軸としている。

 精神病者自らというよりは、精神科病院に紛れ込み、同じ目線にいたマクマーフィーの視点であった。

 レインも同時代に活動しており、彼の活動は、デヴィッド・クーパーとともに「反精神医学」を名乗っていた。

 当時の統合失調症患者に、「想像以上に了解可能」と歩み寄り、それまでの医学教科書では、了解することも治癒することも不可能と信じられてきた病が、抗精神病薬の発見などによって、しだいに、「想像」とは異なった身近な病であることが分かってきた歴史の途上である。

 レインらによる「反精神医学」運動は、哲学者と精神分析家のコンビで著作を放ったジル ドゥルーズとフェリックス ガタリの「資本主義と分裂症」シリーズにも影響したようだが、イタリアで精神科病院廃絶を行なったフランコ バザーリアとの関連はよく分からないが、同時代的な出来事ではある。

 日本では、その10年ほど前、精神科病院での患者の入院期間短縮に向かっていた矢先に、ライシャワー事件が起きてしまった。

 ライシャワーは、アメリカのJ.F.ケネディ政権下で1961年に駐日大使として起用された歴史学者であったが、ケネディ凶弾後の1964年3月に、統合失調症で入院歴があった19才の日本人青年によって大腿をナイフで刺され重傷を負った事件、通称ライシャワー事件によって、日本での精神科病院への患者の入院期間は、以後、ずっと長引いたままである。

 精神病有病者と実際の犯罪事件との因果関係は、本年8/16(日)に投稿した「アップル・シード緊急時の対応(利用者さん篇)」にて掲載した通りです。

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