支援者に修行(≠修業)はいらない
いきなり私論だけども、支援者に社会経験上の過度な苦行めいた試練は必要ない。とくに若く優しい支援者は、むしろそのままの方がイイと思う。
だいたい、現場の支援者にエリートや超エリートはいないだろうし、世の中の余計なしきたりや考えに左右されず、支援の現場では、利用者さんに優しく向き合うだけでイイではないか。
ならば、わたくし成瀬がここ「お知らせ」欄で書ているコラムめいたものも余計ではないか?!という問いも成り立つかと言えば、否である。
世間の中で、言いがかりめいた暴論に対してのみ、わたしは反論しているだけである。「ああ言えば〇△」と呼ばれないのは、世間が言いがかってしまったことそのものを、恥入って忘れたがっている証拠である(笑)
ちょっとさいきんにしては自己アピールが多くなってしまったけれど、要は、支援の現場に根性論も精神論も要らないし、理不尽な縦社会を個人的に持ち込む輩のような支援者は、利用者さんに影響する後先を考えず、利用者さんをイジワルで生きづらくさせる存在であるから、どんどん人が離れていくだろう。
さいきんは若い支援者の起業家が起こした事業所がすごく増えている。理不尽さを通り越して支援したいだけならば、すごく応援したい。
ただ優しいだけの人が、ただ生きやすくなりたいだけの人を、より良く支援できますように、願ってやまない。
