依存症
ある物質使用や行為を開始して特定の脳の回路が開かれ、その興奮などのために依存が起き、社会生活に支障をきたすまでになると、依存症と呼べる。
ギャンブルなどへの依存だけでなく、アルコールやニコチンなどの物質依存は、具体的に心身の不調も伴うこともあり、家庭や仕事にも多大な影響を及ぼすことになる。
浅学を顧みず書けば、わたしの依存症に関する理解はこんなものである。
しかし、特定の物質や行為にハマるまでには、その行為を行なう仲間の存在(環境)や、それを拒まなくなっている心的状態も考えられる。
毎日家庭と職場を行って帰るだけの超堅実な生活には、やがてそのような世界が約束されていたかも知れないし、言いたくても言えない何かを抱えたまま、身近な神秘に触れているのかも知れない・・・
宗教家は極端から極端へ移るとも言うくらいだから、何かそこにあるかのような気分には、なりやすいのかも知れないし・・・
とにかく、脳に一旦そのような回路が開かれてしまうと、潮が引いたように深い自覚が表面まで訪れるには、個人差もあるだろう。
わたしたちは決して正義ぶっているのではなく、わたしたち自身、依存症に罹る可能性があるごくふつうの人間である。
そうではなく、具体的に起きている身近な事柄に対して、今までだって放っておけないではないかという思いは何回ともなくないでしょうか?
機関の外にいるときのわたしたちは、そのときのために、事実をとらえて「何とかする」ためには、「生き方」しかないのか、相変わらず考えさせられる日々である。
