「統合失調症」の時代
今この時代は、向き合えば向き合うほど、混迷しているようにも見えると思います。
さまざまな価値観が渦巻く中で、みなが己が価値観だけを信じているだけなら、大同小異で徒党を組んだり、「部分共闘」で離合集散を繰り返したり、あたかも「価値観の戦国時代」と呼べる時代です。
そんな風に眺めてみて、自分の価値観を持ってやっていくことに虚しさや息苦しさを感じた時、単にメンクリの門を叩くだけでなく、あえて「自分の価値観」は持たない、「価値観がないという価値観」、他者の乱立する価値観を眺める立場もあって良い、それで良いと、考えてみるとします。
そしてその考えの「岸辺」に今たどり着いたと考えてみて、この時代は「統合失調症ではないのか?」とも言えると思います。
わたしは人を診断できないですし心配するだけの存在ですが、時代なら、「統合失調症ではないか?」と案じても良いと思います。
方向性が喪失しており、各連関の統合が「失調状態」で、かなりの失意もあると思います。
しかし、勇ましく戦うことだけが、生き残るために必要なわけではありません。ときには退避したり、適切な「扱い」を求めて場所を変えるなど、どう思われるかではなく、どうしていくか、自分本位で生きていくことも大切でしょう。
統合失調症も、いまや、適切な処方や接し方をされていれば、何者にも変えられない自分の人生に向かって、記憶など各種のパーソナリティ機能を統合し、困難や課題にも立ち向かい、再び方向性ある歩みを進めることができる病気である場合も多々見受けられます。
この時代への処方や適切な対処は、いろいろな見返りを求めない言葉として、さまざまな媒体にも見受けられます。それらは相互に矛盾していてバラバラに思えるかも知れませんが、受け手である個々のわたしたちが、大まかな受け止め方をして、「だいたいこんな感じ?」と生きはじめたら、意外と上手くいくかもですね(笑)
