「知的障害」にまつわること
最初にこの障害福祉の分野に踏み込んだとき、しょうがいのことを、単に「精神」とか「知的」、「身体」、あと後には、「発達」と呼ぶことに、大いに違和感や驚きを感じた記憶がある。
今では自分でも積極的に使用している用語だけど、何だか今でもドキッとする呼び方。
また当時は、「知的の人と精神の人は相性が悪いから作業場では難しい」とも言われていた頃で、アップル・シードの就労継続支援B型事業所ジョブ・シェアードを2016年4月1日にスタートしたときにも、地域の親御さんや社会資源の方々から同じようなことを言われ、精神分野での受け入れを大いに期待された記憶がある。
わたしは疑問に思っていて、当時打ち出されていた「三障害一元化」というスローガンは、「倣いたい考え方」というよりは、後押しする時代的な思潮だったまでで、事業所運営上も、そのことでとくにトラブルがあった記憶はないからだ。
今でも、アップル・シードの就労継続支援B型であるジョブ・シェアードや、障害者グループホームであるハウス・シェアード、日中一時支援事業所ウィズでも、知的にしょうがいがあるなしに関わらず、みな思い思いに、お好きに過ごされている。ただし、どのしょうがいあるなしに関わらず、他人の領域(物・空間含む)へ侵犯(?)してしまう行為は白い目で見られがちで、スタッフは冷や冷やしている場合もあるのでしょう(苦笑)
また、就労で障害がネックと思われているのに、お互いネックにしていては意味がないと思ったからだ。ただし根深い問題ではあるかも知れないから、アップル・シードの「年間研修計画」では、今年7月に「障害特性」の研修を計画していた。スタッフと利用者さんで事業所開所中に研修し、利用者さんのそれぞれの障害特性について、どうしようもなさや歩み寄れることを、事業所のみんなで知ろうよというもの。業務多忙につき延期させていただき、研修資料のデータも消失してしまい、早急に作成し直して研修したいと思っている。
さらに、そもそも知的障害は、WHO(世界保健機構)のICD(国際疾病分類)-10では「精神および行動の障害」に分類され、APA(アメリカ精神医学会)のDSM(精神疾患の診断・統計のマニュアル)-5では「知的発達症」と呼び、精神疾患の手引書で扱われている。
日本では、「知的障害者福祉法(旧・精神薄弱者福祉法)」(1960年3月31日)による定義が曖昧なところがあるが、各都道府県や政令指定都市が判断し、手帳には「療育手帳」や「愛護手帳」、「愛の手帳」「みどりの手帳」の呼称があり、等級の付け方もさまざまある。「身体障害者福祉法」(1949年12月26日)、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(1950年5月1日)に続いて作られ、整備されてきたことが分かる。
繰り返しになるが、それぞれの障害特性もあり、法律も別々にあるが、当時の「三障害一元化」と言うまでもなく、利用者さん各自に人としての個別性が守られていれば、トラブルなく過ごせている。
